第2.1節 Scrapboxの衝撃
折しも2017年度は法学教育、なかんずく法律論文の論述・起案教育においてエポックメイキングな1年だった。前年度までに比べて筆者が担当するゼミの学生たちが1年間に書いた文章の量が、圧倒的に増加したのだ。
その要因は、2016年11月にリリースされた「Scrapbox」と呼ばれるwebシステムの全面的な採用にある。法学教育のあり方、論述訓練の手法、そしてゼミ運営の環境にScrapboxが変革をもたらしたのだ。「リアルタイム相互添削メソッド」の実現である。 法律論文を学生たちが自主的に起案(drafting)し、書きなおし、学生同士で添削し合い、また書く。Scrapboxを使うとその繰り返しが自律的に行われる。自分の書いた文章のあらは見えにくいが他人の文章のあらは気づく。だから他人の文章を添削すると自分の文章を省みる。次第に整った論述を書けるようになっていく。4月の時点では司法試験の論述式試験問題の答案を書いてもほとんど形にならなかった学生たちが、約1年後には論述答案として認めうる内容的なクオリティを備えるようになったのだ。目をみはる成長である。
学生たちが論述やコメントする様子を教員もオンラインで観察し、必要があればコメントする。教室に集まって顔をあわせる実際のゼミのみならず、それ以外の時間にも起案したりコメントするといった学生たちのパフォーマンスを指導教員がいつでも見守ることができるのだ。
Scrapboxによって起案環境が可視化され、論述し、共有し、協働する「場」が生まれた。学生たちの相互作用によるアクティブ・ラーニングが深化したのである。
これによってゼミの様子が様変わりした。論述力を涵養するゼミにおいては、ゼミが始まると上級生と下級生とが2名または3名のグループで向き合い、MacやiPadを開き、互いの論文を読んで口頭でコメントし合う。その場で修正し、内容に関する議論も進む。教室内全体を見渡すと、20名ほどのゼミ学生全員が声を出して積極的に議論している状態が終始継続するのだ。従来の手法によるゼミでは見られなかった光景である。
また、ゼミ中のプレゼンテーションのスタイルも変わった。報告者は各種のプレゼンソフトは使わず、Scrapboxの画面をそのままスクリーンに映しながらプレゼンを開始。すると、その画面に、他の学生たちが各自の端末を使って自席から直接書き込む。静的なスライド画面とは異なり、Scrapboxの画面は生きている。報告中に報告を遮ってまで口頭で発言をすることには大いなる躊躇を覚えるが、気づいたことはできればその場で伝えたい。それをプレゼン画面に直接書き込むのだ。関連情報のリンクも貼る。事件現場や物件の写真を見つけてきて貼り付ける。地図で位置を示す。なんらプレゼンの進行を害すことなく、報告に対する積極的貢献を続けられる。アクティブ・ラーニング(能動的学習)が自然と実現する。また、そのような付加的情報の書き込みとは別に、議論の推移を記録している学生たちもいる。終了後、Scrapboxのページを報告者が開くと、今後の課題や研究のヒントが眼前に広がるのだ。そんな仕組みがかつてあっただろうか。
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